ミツカイ・タナスト旅行28

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絆されてなんてあげないよ!とかちょっと強気に思ったみたりしたわけですが、うん、まぁ俺の強気がそんな続くわけはなかったわけで。
「…解った。イリィ、一度部屋に戻って着替えて来る。ナガレを頼むぞ?」
「…は…?…着替えるって…?」
顔を上げてイリィに向けキッパリ言ってくれたフェルに、俺の方が固まることになったわけですよ!
「この匂いが嫌なのだろう?ならば、着替えなければどうしようもないからな。…あぁ、水浴びもしてきた方が良いか?」
いやいやいや、そんな当たり前みたいに聞かれましても…!
「いや、良い。ごめん、俺が悪かったから」
突然着替えとか、フェルも大変だけど周りの人たちも大変なわけで、それが俺の我儘から発生するとかどう考えてもあり得ないわけですよ!
しかも、原因が嫉妬心からとか、なんだその恥ずかしい理由は…!
「ナガレが謝ることなど、何もないだろう?」
そう不思議そうに返されると、どうしていいやらなんだけども、とりあえず着替えに行くって言うのは阻止しないとなー、ということで。
「俺が変なこと言ったから、フェルが着替えるって言ったんだし。…良いよ、そのままで。会場戻っちゃえば周りの匂いと混ざっちゃうだろうし」
「…変なことなど言われていないが…、…良いのか?」
キッパリ言って、数歩分離れていたフェルに歩み寄る俺の顔色を伺うみたいに見てくるフェルに、さっきの触られたくない、って言葉は思ったよりもフェルにとってショックだったのかなー、なんてちょっと反省する俺です。
うん、フェルは悪くないんだもんね!好きで女の人たちに囲まれてたわけでもないんだしね!
「うん、良い。…それより、早く戻ってフェルは俺のだってアピールした方が、あの人たちには効果あるかな?」
なーんて言いつつ、フェルの腕に自分から腕組んじゃったりするあたり、俺もフェルにべったりくっついて囲んでた女の人たちに対抗心があったりするんだよね!
普段だったら恥ずかしくてこんなこと出来ませんよ!
まぁ、フェルのことしょんぼりさせちゃったことに対する謝罪の気持ちも、若干含まれてはおりますが。
「…そうか。…ならば、すぐに戻ろう」
俺がちょっと腕組んだだけで、すごい嬉しそうに目を細めて笑ってくれるんだからね!
うわー、もう、元が良い男がそんな顔したら、かっこいいのは当たり前だよね!くっそー、ずるい、何がと言われたら困るけどもずるい。
ドキドキしちゃったじゃないか!
顔が赤くなってそうで、そんな顔見られるのはとっても恥ずかしいわけで、無言のままうつむいて歩き出した俺に、何も言わずにフェルも一緒に歩き出してくれました。
…頭の上から、小さく笑う声が聞こえた気がするのは気のせいということにする…!


で、フェルと一緒に会場に戻ったら…会場内がざわってなりました。
いや、そんな注目してくれなくても良いんだけど!という感じですが。
一瞬固まりそうになりましたが…っていうか、固まったけど、顔色は変えずに頑張りましたよ!
あれだよねー、なんていうか仮面被ってる気持ちになるよねこういう時って。
表情、結構固まったまんまだし。
たまにほっぺたの筋肉がぴくぴくしそうになるけども、顔の筋肉ってのも鍛えれば鍛えられるようで、段々引きつらなくなってきた気がする。
その後はー、タナストの王族の方々とかとお話したり――ターヒラちゃんともちゃんと話せたよ!今度は無事に気絶されちゃうこともなく!――休憩がてら用意されてるご飯を摘んだりしながら、お隣の席の王太子ご夫妻とものんびりお話したりして、気付いたらあちこちに設置された燭台に火が灯されてた。
外に目を向けたらいつの間にやら夕暮れ時で、さっきまで開け放たれてたガラスの扉は冷えてくる外気を遮る為か知らない間にぴったりと閉じられていて、庭の方にはもう人は居ないみたいでだけど、いくつも置かれた篝火が夕暮れ時の少し暗くなった庭を照らしている。
「……わぁ…、…きれいだねぇ…」
多分、この会場の特に主賓席なこの場所から、一番夕日がきれいに見えるようになってるんだろうなぁ、と思う。
ちょっと高くなってるから、身長が低い俺が座ってても会場内に居る人たちが邪魔になることもなく、視線の先には大きな窓から沈む夕日が見えて、庭の木々の向こうに少しだけ見える街並みとその先の砂漠が赤く染まる幻想的な世界が広がっていた。
「…あぁ、そうだな」
呆けたみたいな俺の呟きに、小さく笑ってフェルが同意してくれる。
「…なんか、可笑しかった?」
笑われると、なんか笑われるようなことしたかなー、と気になるわけですよ。
ずーっと感じていた人の視線は、今は沈む夕日に気を取られてる人が多いから気にならないけど、人に見られてないから良いということはないわけで。
「いや、夕日に照らされたナガレも美しいと思ってな」
「…は?」
何言ってんだこの人はー!
と叫びたいけど叫べないのが辛いよね!
うん、もうさ、あれですよ。
顔が良い人は少しは自分の言動を人がどう受け止めるかを考えた方が良いと思うんだ!
そんな優しい顔して良い声で言われますとね!大分フェルのこと見慣れたと思う俺でもやっぱりやられてしまうわけですよ。
しかも、今日はいつもと違ってちょっとワイルドな服装だったりするから尚更だよね!
とりあえず、一気に赤くなっただろう顔は夕日のおかげでわからないだろうことだけは良かったです。
「……フェルも、かっこいいよ」
固まる俺を笑顔のまま見つめてくれるフェルから目を逸らして、窓の外に目を向けつつ精一杯な言葉を返す俺です。
これでさ、フェルも少しは照れれば良いと思うわけですが、言った俺の方が照れてるんだから俺の完敗ですよねどう考えても…。
まぁ、いつものことだけどね!
「……惜しいな」
「…何が?」
小さな呟きの意味が解らず、首を傾げつつ思わずフェルに視線を戻して聞く。
…うん、なんか聞かなければよかった気がする。
フェルの笑みがね!なんかこんな場所に似合わずなんか艶っぽいというか、やっぱフェルの本性って狼な方なんじゃないですか!な感じでね!
「こんな場でなければ、口づけの一つも出来たんだがな。…残念だ」
「……っ」
やっぱり聞かなければよかったよね…!!
しっかり後悔しつつ、真っ赤な顔でギシギシと首を動かして窓の外に顔を向けた俺でした。
そのまま、ひたすら日が沈んで赤い光が消える前に、顔の赤みが消えることを願いつつ沈む夕日を見つめていると、いつの間にやら沈む夕日に夢中になって顔が熱かったのも忘れていたという。
…うん、まぁ自分の単純さがこんな時ばかりは喜ばしくなる…と思っておこう…!

日が完全に沈むと燭台の数も増やされて、あちこちに置かれた明かりで明るくらされた会場の中で、皆さんさっきまでよりも盛り上がってお酒飲んだり話したりしている。
なんでも、朝までつづくらしいですよ、これ…。
勿論、途中抜け自由らしいけどね!
「御遣い様、フェル」
なんだか非現実の中にいる気分で盛り上がる会場内を眺めていたら、ハサン王子とシーリアさんがやって来た。
「お疲れになられる前に、抜けて頂いて大丈夫ですので」
「そう言って、お前たちはもう抜けるんだろう?」
「あぁ、抜ける前に挨拶を、と思ってな」
俺に向けて丁寧に行ってくれたハサン王子に、フェルがニッと笑いつつ横から言って、ハサン王子も同じような笑みを返して頷き答える。
ホント、仲良いなぁって感じで見てて楽しくなるよねぇ。
…考えてみたら、俺って日本に居た時も、こんな男の友情!みたいなので結ばれた親友みたいな存在なんていなかったよねぇ。
だからって親友なんて、欲しいと思っても良い出会いが無ければ出来るものでもないし、良いなぁとは思うけど、うらやましいとまでは思わないんだけどね。
ただ、フェルが楽しそうなのは見てて嬉しくなるけどね。
「そうか、なら俺たちもそろそろ抜けるかな」
「あぁ、下手に抜け損ねると朝まで付き合うことになるからな、気をつけろ」
「…御遣い様」
「あ、はい」
楽しげに話す二人を見てたらシーリアさんに話しかけられて慌てて答える。
「何かとお気遣い頂き、ありがとうございました」
「いえいえ、とんでもないです。…私はなかなかタナストに来ることは出来ないと思うので、もし、ルフォードにいらっしゃることがあったらぜひ遊びにいらして下さい」
「…そうですね、機会がありましたら、王子を通してご連絡させていただきますね」
笑顔で答えてくださいましたが…そうだよね!俺的には直接連絡くれても全然かまわなくても、シーリアさん的に他国の王族…というか御遣いに直接連絡するとかハードル高いですよね…!
「遠慮なく、ご連絡下さいね」
間に挟むハサン王子にはちょっと手間かけちゃうかもしれないけど、ハサン王子的にシーリアさんから掛けられる手間なんて手間じゃないだろうからその辺は気にしませんよ!
それから、ハサン王子とも軽く挨拶をしてから会場を後にする二人を見送って、俺たちも席を立つ。
「…挨拶してから出たほうが良いんだよね?」
「国王夫妻と、王太子夫妻に挨拶すればいいだろう」
まぁ確かに、皆さんに挨拶して回ったらそれこそ抜け出せなくなっちゃうだろうからね!
ということで、挨拶してから絡みつくような周囲の視線を振り切って会場を抜け出した俺たちでした。

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